【第1回テニスのスポーツ医科学世界会議参加レポート】

テニスジャーナル 1991年11月号掲載


 第1回テニスのスポーツ医科学世界会議が、8月15日から17日の3日間にわたり、アメリカのコネチカット州ニューヘブンで開催された。ニューヘブンという町は、伝統校のエール大学を中心とした町で、煉瓦造の古い町並みや教会が立ち並び、アーリーアメリカンな感じのする、大変にきれいな町です。
また、ボルボインターナショナルテニス選手権と、モルソンストリートフェスティバルという祭が同時に開催されており、普段は平穏な雰囲気の町も、この時は活気にあふれていた。

そこで開催された、テニスのスポーツ医科学世界会議は、内科医、整形外科医、トレーナー、研究者だけではなく、コーチ、プレーヤおよびテニスに関係するすべての人達のために企画されたもので、テニスに関するスポーツ医科学の最新の情報や研究成果が報告された。日本からは4名が参加し、そのうち、友末亮三氏と児玉光雄氏が発表を行なった。
この会議は、エール大学の薬学部で行われたのだが、会議の掲示も少なく、100〜150人程度が入れるぐらいの教室を2、3使用して行われるものであり、こじんまりとした会議であるとの印象を受けた。
第1回大会ということで、まだ一般的には知られていないのかと少々期待外れであったが、開会にあたって、ロッドレーバー氏が挨拶に立ち、会場の大きな拍手とともに、大変盛り上がった雰囲気で会議が開催された。
 まずはじめに、VAN DER MEER氏が、スポーツの科学な知識を実際の指導に活用するにはどうしたらよいのかについてレクチャーを行った。VAN DER MEER氏は、一般研究発表においても、テニスのストローク動作の力学についても発表を行ったが、著名な指導者らしく、ボディアクションに絶妙なジョークを交えて、実におもしろく、なおかつ説得力のあるレクチャーであった。

その中で、特に注目したことは、プレーヤーはそれぞれに大きく違う特性があり、その特性を生かすように指導することが重要であり、科学的な知識を活用していくには、非常に注意深く行なわなければならないという点である。科学というと、なにか絶対的なもののように感じることもあるが、もし、間違った知識や、そのプレーヤーに合わないことも、強引に押し付けてしまったら、そのプレーヤーの可能性を摘んでしまうことにもなりかねない。
プレーヤーの信頼を得るには、そのような慎重さと、特性を見極める目、効果的に上達させるための豊富な知識と経験がいるのだ。

 また、良い指導を行なうには、簡単に結果を出そうとしないことだ、いうことも印象に残っている。たとえば、サービス動作に必要な前腕の回旋運動を指導するためには、ボールを投げる動作の時の前腕の回旋運動を、サービス動作における前腕の回旋運動に結びつけることが大切であるが、レッスンのはじめには、ボールはとんでもない方向に飛ぶことになる(たとえば右利きの場合ならば、大きく左方向に飛んでいくことになる)。
しかし、その原理を踏まえて指導を行なうことが必要である。たしかに、グリップもリストワークも、ただ単にサービスを入れるだけの動きにすれば、サービスが入るという結果を得ることで生徒は満足して、お金は儲かるかもしれない。それではよい動作につながらないし、決してよい指導とはいえないであろうと力説していた。多くの指導者は、早く結果を出そうとして、安易な指導を行うことは避けなければならない。

 最後に、スローモーションビデオを使った指導はどうか、との質問に対して、ス
ローモーションビデオは、あまり効果的ではないという返答が、長年の指導の経験
と知識からなされていた。これは、あくまでもコーチ自身の目を信じろということ
なのかも知れない。
 次に、KRAEMER氏とKIBLER氏は、テニスプレーヤーの体力的な特徴およびトレーニング効果とその評価について発表を行った。大学女子プレーヤーを対象にして、握力、肩関節トルク、垂直跳、ベンチプレスなどの筋力の測定項目、最大酸素摂取量、体脂肪量、周径位、骨直径などの生理学測定項目および走速度や俊敏性などを測定し、その体力的特徴を明らかにするとともに、ハイスピードビデオを用いて測定したボール速度との相関関係を示した。

 その結果、筋力測定項目については、いずれの測定項目も利き腕の方が5−10%程度高く、特に肩内旋トルクは、非利き腕に比べて、有意に高い値を示しことが示された。テニスの競技特性が表れたと考えられる。ボール速度と体力指標との相関関係については、肩の内外旋の力、脚の屈伸力、握力、肘の屈伸力などがサービスのボール速度に関係していることが報告された。

 トレーニングについては、レッグプレス、シットアップ、ベンチプレスなど13項目のトレーニングをインシーズン9週間、オフシーズン5週間の計14週間にわたって、継続的に調査した結果が報告された。いずれの測定項目についても、トレーニングを行わなかったグループに比べて有意に高い値を示し、レッグプレス、ショルダープレス、ベンチプレスの項目のトレーニング効果が高いことが示された。

 テニスのパフォーマンスは、おもにボールコントロールとボール速度で計ることが出来る。効果的にテニスの技術を上達させるためには体力、特に筋力を高めることが重要であると考えている。脚の屈曲と伸展によって生まれたパワーを、巧く肩の回転に結びつけることが重要であろう。
 次のSNYDER氏の発表は興味深いもので、1988年のUSオープンでのレンドル対ビランデル、グラフ対サバチーニのポイントにかかる時間、ポイント間の時間、サービス間の時間、コートチェンジとコートチェンジ以外の休憩時間を示した。その結果は以下に示す通りである。

[レンドル vs ビランデル ][グラフ vs サバティーニ ]

ポイントにかかる時間   12.2秒    10.8秒
ポイント間の時間     28.3秒    16.2秒
サービス間の時間     12.1秒    10.7秒
休憩時間
 コートチェンジ    128.2秒   100.1秒
 コートチェンジ以外   42.3秒    24.1秒

ポイントにかかる時間
 10秒以下        59%      62%
 10−20        22%      25%
 20秒以上        19%      13%
また、レクリエーションプレーヤーのハードコートとクレーコートにおける、運動時間と休憩時間の比率が示された。SNYDER氏は、この結果とルール上の規定を踏まえて、試合における体力管理についての示唆を与えるとともに、それぞれのレベルに応じた、柔軟性、筋力、パワー、無酸素系および有酸素系の適切なトレーニングについての解説を行った。

 この報告のなかで注目することは、メディカルな内容が必ず含まれていることである。トレーニングの効果だけに目を奪われることが往往にしてあるが、その危険性とアフターケアにもっと注意を払うべきである。特に、技術レベルが中級者から上級者になる頃には、どうしても無理をしすぎる傾向があるので、是非とも注意したい。
 
 
後半は、部屋が2つに別れて、それぞれ興味深いレクチャーが行われた。第1教室のレクチャーでは、VAN DER MEER氏の発表につづいて、CHANDLER氏が発表を行った。CHANDLER氏は、2日目、3日目ともに発表を行っており、身近な道具を使い、簡単で、なおかつ効果の高いトレーニング方法についての報告をおこなった。

 その報告で報告されたトレーニングは、動きのトレーニングというべきもので、足を素早く動かすために、縄の間を素早く移動していくトレーニング方法や、傷害物の中をサイドステップやジャンプ等を巧に取入れて移動するトレーニング方法などが紹介された。

テニスに必要であると思われる動きを、効果的に高めるためのトレーニング方法であったと思われる。年齢に応じた適切な負荷を与えるために、様々なトレーニング器具を考案して、効果的に体力作りと行なっている。ゆたかな創造力と貪欲な姿勢には驚かされる。日本人は、新しいものには批判的な姿勢で望む傾向が多く見られるが、このような態度は慎むべきもので、アイデアを生かし、失敗を恐れない勇気をもつことが必要であると痛感させらた。

 また、傷害予防の側面とパフォーマンス向上の側面をはっきりと区別するとともに、効率よく融合させる必要があることが力説されていた。そのために、16才になるまでは本格的なトレーニングは避けるべきもので、巧く動きのトレーニングを取り入れて、前述したトレーニングのように、自分の体重を負荷として利用することや、適切なトレーニング機器を考案して、適切な負荷でトレーニングが実施できるように工夫することが必要であり、トレーニングの内容が、すばやくフィードバックされることが重要であることが報告された。
 2日目の前半は、キーノートシンポジウムということで、テニスの肩についての研究発表が行われた。CTやX線写真からの肩の障害例と診断法、手術様式、生理病理学的にみた肩の障害が及ぼす影響や術後のリハビリテーション 、障害の予防などに関する研究報告がなされた。

2日目の後半の研究発表および3日目のセッションも、前腕部分、膝、背中、下腿、足首などの障害とその治療についての報告であり、医学的な専門知識が要求される発表で、なかなかに理解しがたい内容ではあったが、そのなかで、印象に残った内容を整理してみる。

 
1.障害の原因の多くは、強い負荷を繰り返すこと、突発的な強い負荷や急激な
   収縮がおこることによる。また、その診断と治療において、外観や輪郭をよ
   く観察することがもっとも重要である。コーチは、この様な障害の原因に留
   意して指導を行う必要があり、特に障害の多い部所での形態的な変化にもっ
   と注意を払うべきである。

 2.背中に傷みを憶えてくる患者の、実に43%は脊椎分離症であり、その障害予
   防に何等かの方策を講じなければならない。

 3.休息と炎症を押さえるための治療を積極的に行う必要がある。

 4.肩のストレッチの方法は、腕を手前に引くように行うのではなく、反対側の
   肩の遠くを掴むように行うのが正しい方法である。障害の予防に、ストレッ
   チ運動は大変効果的ではあるが、正しい方法を理解しなければならない。

 5.レハビリテーションは、アイソメトリックから始めて、ラバーチューブ、軽
   い負荷のアイソメトリックトレーニングへと移行していくのが良い。

 6.テーピングの重要性。ナブラチロワが、長年トッププレーヤーとしてやって
   こられたのも、優秀なトレーナーが付き、常に身体の調整を怠らなかったた
   めである。
 
その治療や処置についても、ビデオやスライドで、実際の画面を見ながらの説明なので、実際にどの部位に障害が多く、どの様な状態になるのかが視覚的によく理解できたと思う。
 近年、テニス肘やテニス肩の問題が大きくクローズアップされてきている。少年野球では、使いすぎによって野球肘にならないように、腕を肩の上までに引き上げておいて投球を行う方法が、障害予防と競技成績の両面で大変に効果をあげ、注目されていると聞く。

テニスの指導、特にジュニアの指導においては、障害予防に効果があり、なおかつ競技成績のあがる適切な指導を行わなければならない。そのためには、今回報告されたような研究成果を活用しなければならないと感じる。
 
2日目のキーノートシンポジウムの最後に、児玉光雄氏が発表を行った。児玉氏は、三次元の動作解析装置を用いて、サービス動作の三次元的解析を行った結果を報告した。この三次元動作解析装置は、2台のカメラによって写された動作から、三次元座標を算出し、あらゆる確度から見た動作のスティックピクチャーを描き出すばかりでなく、速度、加速度、角度などを計算してグラフ描画できるという大変にすばらしい装置である。

今回は、様々な角度からみたサービス動作のスティックピクチャーから、よいサービス動作の指標を導き出した。このようなバイオメカニクスの手法を用いた研究発表は、児玉氏が初めてであり、非常にインパクトが強かったように思われる。
良いコーチというのは、あらゆる角度からみた動作をイメージすることができるということを聞いたことがある。そういう意味で、この装置は動作をイメージだけではなく、実際に視覚的に表現することができるので、指導現場での有効な活用が期待できよう。

また、3日目の前半のセッションの最後に、友末亮三氏が、児玉氏と同様に、テニス肘の要因をバイオメカニカルな動作分析から検討した報告を行った。分析動作は、フォアハンドストローク、バックハンドストローク、サービスの3動作であり被験者の上方から撮影したフィルムからスティックピクチャー、関節角度、速度曲線を求め、テニス肘患者と健丈者について比較検討した。医学的にテニス肘の要因を検討する報告の多いなかで、視点の違うアプローチは、大いに注目されたと言える。
 
その報告のなかで、フォアハンドストロークでは身体の回転をあまり利用せず、腕を主体としてスイングすることがテニス肘発症の誘因の1つとなっていることなどが示されたが、映像解析だけ、もしくは医学的なアプローチだけでは、テニス肘などの障害予防に対して有効な手段は得られない。双方の研究結果をうまく融合して、解決策を見出していく必要があると思われる。
 
次に、SOBEl女史は、2日目と3日目にわたって、テニスにおけるコンディショニング、柔軟性のトレーニング、肩と肘の腱鞘炎のリハビリテーションについての一連の報告をおこなった。そのなかで、発表資料として示した周期トレーニング計画は興味深く、大変役に立つと思われる。

この周期トレーニング計画は、アメリカテニス教会のガイドラインに基づいて計画されたもので、長期的なトレーニングであり、試合に於いて最高の成果を引出せるように計画されたもので、やりすぎによる怪我の危険性が低く、慢性の疲労やバーンアウト症侯群の心配もないとされている。

 
さて、第1回テニスのスポーツ医科学世界会議に参加しての全体的な印象であるが、第1回ということもあって、会場の案内や進行を含め、準備が充分に整っていないという感じがした。

発表される内容も、医学的な研究報告が大半を占めるとともに、同一発表者やそのグループがいくつもの発表を行うので、どうしても偏ってしまう。今後は、分野別にテーマを儲けるなどの工夫がほしい。しかし、アメリカをはじめ、スウェーデンや日本のテニス研究者が一堂に会することは大変に意義深い。テニスの科学は 、他の運動科学に比べて遅れをとっているといわれている。

テニスが非常に複雑な身体運動であるという理由からであろうが、それゆえに様々な分野での研究のアプローチが必要である。これからは、このような世界レベルでの情報交換の場は、ますます重要な意味を持つようになってくる。今後の発展に期待したい。また、友末氏が日本テニス研究会との協力関係を申し出て、快く承諾頂いたことで、日本のテニス研究のみならず、世界のテニス研究の情報が身近に手にはいることが期待できる。この会議を足掛に、そうした情報の交換が容易にできるようになることを願っている。

<参考資料>

 テニスの周期的トレーニング
    

項目

準 備 期

試合前期

試 合 期

積極的な休息期

目標
体力的基礎・筋肉と心肺機能の基礎耐久力の確立・筋力。 テニス特有の代謝活動と筋肉の発達(俊敏生、スピ−ド・素速さ) 要求される体力レベルの維持、最高の成果の発揮。
筋肉と運動技術の整合性。

休息と回復

体力トレ−ニング
有酸素運動
25〜45分
最大心拍数の70
〜85%
有酸素運動と無酸素運動の混合。
テニスのエネルギ−供給量に応じたインタ−バル・スプリントトレ−ニング
テニス特有のドリル。
インタ−バル・スプリントトレ−ニング
軽い負荷の運動その他のスポ−ツ

筋力トレ−ニング
低い強度、繰り返し回数を多く(2−3セット、12〜15回の繰り返し) 重い負荷、繰り返し回数を少なく(4−5セット4〜8回の繰り返し)爆発的なパワ−。 強度を下げる(1−2セット15回の繰り返し) -

コ−トタイム
基礎的なストロ−クと動きのパタ−ンに併せて、低い強度で繰り返し回数を多く(FH、BHボレ−)競争するドリルは避ける。 高い強度で、爆発的な激しい練習。
激しいレベルでの試合をもしのぐ様な練習。
- -

精神面
試合のストレスを和らげる。呼吸のコントロ−ル、失敗のマネ−ジメントポイント間の思考と態度。 最高の状態時のストレスと競争状態のシュミレ−ト。コ−ト外でのリラクゼ−ション
練習状態の想起
精神レベルの調整。試合の目標、巧みな作戦の想起。パアォ−マンスに重みを置く(試合の結果ではなく) テニスのストレスからの完全な解放

期間

5〜6週間

4〜6週間
3週間(1〜2週間のインタ−バル)

1〜4週間

2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  1
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 積  準   試     試     積   準   試    試
 極  備   合     合     極   備   合    合
 的  期   前     期     的   期   前    期
 休      期             休      期
 息                  息
 期                  期
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※TNJ様のご好意によりデ−タベ−スから抜粋して記載しました。